糞苺観察日記


 
土曜の朝は心地良い。
仕事に行かなくていいから気がラクだ。
いつもより1時間遅くにセットした目覚ましを止め、
俺は生アクビをしながら洗顔し、台所へ向かう。
冷蔵庫からよく冷えたビールと半額シールの貼られた寿司パックを出し、
テーブルの上に置いた。
昼間どころか朝っぱらから寿司&ビール。一人暮らしの特権だ。
さて食べようかとハシを手に取った矢先

ピンポーン
 
誰だ、こんな朝早く…覗き窓から確認してみる。
あ、管理人さんだ。
「おはようございます…何かあったんですか?」
「おはよう島田君、早朝から悪いね。いや、ちょっと気になる話を聞いたんでね」
「と、言いますと?」
「糞苺を見たという住人がチラホラいるんだよ。
 以前、徹底的に駆除して全滅したと思ってたんだがねぇ」
(うげ…マジかよ…)
 朝から嫌な事を聞いてしまった。糞苺という単語を聞くだけで気分が悪くなる。
奴らは人間にとってゴキブリと同等かそれ以上に忌み嫌われる生物なのだ。
「本当ですか…」
「そういうわけで、もし部屋の中で見つけたら報告してくれないかな」
「分かりました」
 ハァー…折角の休日なのに初っ端からコレかよ。
ドアを閉め、俺は大きな溜息を吐いた。
 まぁ、とにかく寿司食ってビール飲んで、気分を入れ替えよう。
しかし次の瞬間、俺はとんでもない光景を目の当たりにしてしまった。

なんと3匹の糞苺が俺がまだ手を付けていない寿司に群がっていたのだ。
「オスシナノー!アンマ、アンマ」
「デモコレ、ヤスモノノオスシナノー、ヤスッポイアジガスルノー」
 糞苺どもは汚らしい身体で俺の寿司を貪り、その傍で糞を垂れ流している。
俺は怒りに震え、無意識の内にワナワナと握り拳を固めていた。
もし握力測定器を握っていたなら、自己ベストの数値を叩き出していたかもしれない。
「お前ら…人が楽しみに置いていた朝食を…氏ね!!」
「ウユ!?ニンゲンナノ!!ミツカッタノー!」
「タイヘンナノ!ニゲルノー!」
「マダトロヲタベテナイノー!!コレダケタベテカラニゲルノー!!!」
 俺は素早く3匹を捕まえ、コンビニ袋に放り込む。
あぁ、何てこった。全ての寿司は雑菌だらけの糞苺に齧られた跡があり、糞にまみれている。
とてもじゃないが、もう食えない状態になっていた。どうしてくれようか。
 まず1匹目、俺の大好きなサーモンとネギトロを食いやがった糞苺からだ。
糞まみれの汚いケツの穴に割り箸の先端を挿す。
「ウユ!?」
 そして一気に力を込めて根元まで貫通させる
ブスリッ
「チャンマ゛ァア゛ア゛ア゛アア゛ア゛アアーッ」
 耳障りな断末魔を上げ、白目を剥いて血の涙と泡を吹いて事切れた。
そして2匹目、俺は紙コップにビールを半分注ぐと、
糞苺の両足首を掴んで逆さ吊りにして頭から突っ込ませた。
「モガッ!!??・・・ブクブクブク・・・・・」
 両足をガッチリ掴まれているので短い手をバタバタする事しかできない、
当然この状態で暴れれば暴れるほど息が持たなくなり、すぐに泡を吹き始めた。
うわっこの糞苺、ビールの中で糞をポコポコひり出しやがった。まさに地獄絵図だ。
やがて暴れていた手が止まり、だらんと垂れ下がる。

さて3匹目…ん、こいつ…腹が異様に膨らんでるぞ?
この膨らみ方は食い物によるもんじゃないな…妊娠している。
「ヤ・・・ヤメテナノ!!!!モウスグアカチャンガウマレルノ!!!」
糞苺の出産シーンが見れるかも知れない。いや、余り見たくない気もするが興味はある。
俺は以前使っていたカブトムシ用のプラスチック製の飼育ケースに放り込み、
しばらく様子を見る事にした。
 そして夕刻、俺が晩メシを作っていると、
ケースの中からコンコンと叩く音と、何やら喚き散らす声がしてきた。
何かあったのかと様子を見に行ってみると。
「イイニオイガスルノ・・・ヒナ、オナカスイタノ!!ヒナニモクワセロナノ!!ハヤクモッテコイナノ!!!コノクソヤロー!!ヤクタタズ!!」
 こいつ…自分の立場というものが分かっていないらしい。
本来ならこの瞬間に掴み上げて壁に投げ付けて潰してやるところだが、
糞苺の出産を見るという目的があるので何とか冷静さを取り戻す。
「何だそんな事か・・・これでも食っとけ」
 俺はおつまみのピーナツを一粒投げ入れてやった。
「フザケルナナノ!!!モットエイヨウガアルモノヲヨコセナノ!!!オマエアタマワルイノ!!!ヒナハアカチャンウマレソウナノ!!」
「…じゃあコレでも食っとけ!」
 そう言って朝に割り箸で串刺しにして〆た糞苺の死体を放り込む。
「ウユ・・・ソンナ・・・オニ!!クソニンゲン!!シネバーカ!!!ナノ」
 やかましく喚いているが無視無視。
俺は入念に手を洗ってから再びキッチンに向かった。
 翌朝、ケースを見てみると死体は無くなっていた。
結局食っちまったらしい。まったくどれだけ食い意地が張ってんだか。
俺に気がつくと、腹ボテ糞苺はまたうるさく喚き始める。
「クソニンゲン!!!ハヤクアサゴハンモッテコイナノ!!ヒナオナカスイタノー!!ウニューモッテキヤガレナノ!!!」
「ほれ、ウニューだ」
 俺はそう言って昨日ビール漬けにして〆た糞苺の死体をまた放り込んでやった。
「ギャアアッ!!!コレウニュージャナイノ!!オマエバカナノ!!イッペンシンデコイナノ!!!クソバカヤローナノ!!」
 糞苺という生物は、何故こうも人をイライラさせる事しか言わないのだろうか。
「うるせぇな!お前は黙ってさっさとガキを産み落とせばいいんだよ」
 俺は捨てゼリフを吐くとさっさと支度を整え、家を出た。

 さて俺は駅前の本屋に入り、『糞苺の飼い方』という本を手に取る。
もちろんこんな本を買うつもりは無く、立ち読みだ。
糞苺の繁殖についてと書かれた項に目を通す。

―糞苺の繁殖―
糞苺は非常に繁殖力が強く、年中発情しており、馬鹿なので時と場所を選ばず妊娠します。
妊娠した糞苺は、受精してからおよそ1週間で出産します。
産気付いた糞苺は、速やかに汚れても良い場所へ移動させましょう。
糞苺の出産は、“糞玉”と呼ばれる大きな糞の球体を産み落とす形で行われます。
しばらくするとその糞の殻を中から食い破って子供の糞苺が出てきます。
生まれたばかりの糞苺は既に親と同じ姿形をしており、言語も喋ります。
生後しばらくは4つん這いでハイハイで移動しますが、翌日には2足歩行を始めます。

 …さすが糞苺、なんて出鱈目な生物だ。
俺は本を元の棚に戻すと書店を後にし、適当に喫茶店で食事を摂った後、
スーパーで小麦粉と砂糖と牛乳、薬局でホウ酸を購入して家に戻った。

 家に戻って糞苺の様子を見てみると、ケースの隅っこで蹲り、小刻みに震えている。
いよいよ出産は近そうだ。
「ウ゛ウ゛…」
「もうすぐ生まれそうだな。頑張れよ」
 俺は早速キッチンでホウ酸団子を作り始める。作り方は至って簡単だ。
小麦粉と牛乳と砂糖と水を混ぜて生地を作り捏ね上げ、
そこにホウ酸を練り込めば出来上がりだ。

ホウ酸団子が完成した時、糞苺が突然絶叫した。
「ア゛カ゛チ゛ャンウマレルノォオオオオーッ」
 腹ボテ糞苺はただでさえ酷い顔を歪めて、涙と鼻水で更に醜悪にしながら気張っている。
「ウ゛ゥゥ…ウ゛ンマ゛ァアアアアアッ!!…ウ゛マ゛ッ!ア゛ンマッ!マ゛ァッ!」
 ボトッ ボトッ ボトッ ボトッ…
4つの糞の球を産み落とした。これが“糞玉”か。
「ハァ…ハァ…ウマレタノ…」
 糞苺は前のめりに突っ伏したまま、ぐったりとしている。
数分後、糞玉にヒビが入り、中から糞苺が次々と出てきた。
「チャンマ♪チャンマ♪」「アンマ♪アンマ♪」
「ウニュ♪ウニュー♪」「チャンマ♪チャンマ♪」
 小憎たらしい糞苺ベビー達が一斉に喚きだす。
あぁうるせぇ…あぁイライラする。
「カワイイカワイイヒナノコト゛モタチナノー…」
「よく頑張ったな」
「ヒナカ゛ンハ゛ッタノ…カ゛ンハ゛ッタラオナカスイタノ…ハヤクウニューチョウダイナノ」
「よしよし、じゃあ俺の手作りウニューをやるよ」
 俺は手作りホウ酸団子を投げ入れてやった。
砂糖を大目に入れてやったから何も気付かないだろう。
「…コレウニュージャナイノ!イチゴモアンコモイッテナイノ!デモシカタナイカラタベテヤルノ…アリガタクオモエナノ!」
 どこまでも立場を勘違いしてる奴だ。
「ママダケズルイノー!」「ワタチニモホシイノー」「ソウナノー!ヨコセナノー!」
「子供達が欲しがってるじゃないか。分けてやれよ」
「ウルサイノ!マズハママガタベルノ!!モグモグ……チャ!?アウァ…ヂャンマァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛アッ!?」
 我が子の食欲より自分の食欲を最優先か…流石は糞苺。
だがすぐにホウ酸団子の効き目が出た。苦しそうに暴れまわる糞苺。

「ノドガアツイノ!!カワクノ!クルシイノ!ミズガホシイノー!ギャアアアッ」
「ママヤメテナノ」
「アブナイノ」
「ギャッ!」
「ビャアッ!」
「ウベッ!」
 次々と我が子を跳ね飛ばし、踏み潰していく糞苺。
何たる醜態、何たる地獄絵図だろうか。
それでも構わず糞苺は暴れ続ける。
「ダズゲデナノ゛ォオ゛オオ!ヒナカワイイノォオオオ!ク゛ル゛シ゛イ゛ノォオオオオオーッ!!」
 子供がどうなろうとそっちのけで、自分が何とかして助かる事しか頭にないらしい。
「アキ゛ャアアアアアッ!ク゛ル゛シ゛イ゛ッ!ク゛ル゛シ゛イ゛ノォオオオ…!」
 やがて糞苺はその場に倒れこみ手足をバタバタし始めたが、
次第にその動作も力強さを失っていく。
「ク゛ル゛…シイ…ヒナ…カワ…イイ…ノ…………ゴボゴボッ…」
 そして口から泡を吹いて死んだ。
「ウ゛ゥ…チャッ…ウユ…」
 運良く潰されずに生き残った糞苺の子供が1匹いた。
すっかり怯え切ってガタガタ震えている。まぁ当然だろう。
こいつの親は俺の寿司を台無しにした憎い糞苺だが、このおチビさんには何の罪も無い。
とは言っても所詮は糞苺の子供。遅かれ早かれ親と同じ道を辿るのもまた疑いようが無い。
だから俺はこの場で殺すのはやめる事にした。
そうだな…どこか遠くの新天地で生きていけばいい。
俺はそいつをつまみ出すとベランダに出た。目前には大きな川が流れ、広大な川原がある。
ここならまぁ生きていけるだろう。野良に食われたらそれまでだが、知ったこっちゃない。
「あばよ、糞苺ベビーちゃん。逞しく生きろよ!」
俺は思い切りそいつを投げ飛ばした。
「アンマァアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァ・・・・……」
糞苺の赤ちゃんは鮮やかな放物線を描き、遠くの川原の茂みの中に消えていった。


Fin